ふぁいと!ふぁいと!CHIBA!

千葉ロッテマリーンズを中心とした千葉の話題と、個人日記
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ロッテのファンってなんだろう・・・
ここ数日間ずっと泣きっぱなしです。
たかが野球だ・・・親が死んだわけじゃないんだと自分に言い聞かせても、
どうしても止まりません。

ここに来て何で私がロッテのファンだったのか、よくわからなくなりました。
元々千葉の球団だったのでなんとなく応援はしていました。
ですが心から応援するようになったのは、ファンだと公言するようになったのは黒木を見てからです。そして次に好きになった選手が小坂です。

私にとって黒木や小坂という選手は特別な存在です。
万年Bクラスで、何の希望ももてない中で、
ひたすら黒木が投げ、ひたすら小坂が走る・・・
一つ一つのプレーにわくわくしたり、笑ったり、感動したり・・・。
チームの勝敗とはまた別次元のところで、語れる何かがあった。

今回の小坂のトレードで、私はロッテの何が好きだったのかわからなくなりました。
ロッテの小坂が好きだったのか、小坂誠が好きだったのか、
ロッテの選手が好きだったのか、千葉ロッテマリーンズが好きだったのか。

小坂ファンならば、読売に行ってもジャイアンツの小坂を応援するでしょう。
ロッテファンならば、誰がこようが誰がでていこうがロッテを応援するでしょう。

私は小坂だけが好きだったわけではないし、初芝も堀も黒木も小宮山も大塚も福浦も西岡も今江も・・・ロッテの選手はみんな好きでした。
スター選手のいないロッテが好きだし、
アットホームな雰囲気のロッテが好きだし、
キャンプに女子アナが来ないと嘆くロッテが好きだし、
観客動員100万人が夢だったロッテが好きだし、
それでもどこにも負けないくらい熱いファンがいて、
素晴らしいプレーをする選手がいる。そんなロッテが大好きでした。

だけど小坂を失って、何が大切なのかわからなくなった・・・。
まだ他にも選手はいるのに・・・大好きな黒木もいるのに・・・
マリンのショートに小坂がいない。あの小さな背番号1はどこにもいない。
いくら探しても絶対に見つけられないんです・・・。
そんな気持ちで来年マリンスタジアムに行って、心からロッテを応援できるだろうか。

ボビーとスンヨプの年俸がかさんだから?
西岡のように若手が出てきたから?
もし西岡がエラーをしたら、「小坂だったら取ってたなぁ・・・」
スンヨプが三振したら、「2億も貰っておいて・・・」
そしてこの決断を下した(推測にすぎませんが)ボビーに、
われらが指揮官と言えるだろうか・・・ボビーボビーと拍手できるか。
選手には何の責任もないのに、ボビーは何も悪くないのに。

そんな気持ちになってもロッテファンだと言えるんだろうか・・・。

アジアカップの最終戦・・・3タコだった塀内にライトスタンドから
ものすごいブーイングが浴びせられました。
4打席目打席に立った瞬間起こったブーイング・・・そして
それに対抗するように「がんばれー塀内ー!」「大丈夫だー!」と聞こえる声援・・・。
ブーイングは昔からあったし、選手を励ますためという人もいます。
でも真っ白に染まった外野席から浴びせられる滝のようなブーイング・・・。
ロッテが変わっていく・・・そういう風に思った・・・。
だけど「塀内ー!」という声援を聞いて、その疑念を振り払ったんです。

でも今回の小坂のトレードでその疑念が決定的になりました。
こんな風に小坂を切って、選手を入れ替えしながら勝ち進む。
思うようにいかない若手にブーイングをして、
負け試合だとわかれば試合終了を待たずに帰り始めるファンが増える・・・。
ベテランを切り捨て、勝ちにこだわり、次々と生まれては去っていくスター選手。

そんな球団になるんでしょうか・・・

この小坂のトレードを乗り越えてその先に何があるの?
弱小球団ロッテから常勝人気球団ロッテになるための生みの苦しみ?
そのために小坂が捨てられた。ずっとロッテを支えた小坂が捨てられた。

それなら常勝なんていらない。スター選手なんていらない。
そんなもののために私はロッテを応援してきたんじゃない・・・。
パリーグを応援してきたんじゃない・・・。
小坂と一緒に私たちファンも捨てられた・・・そんな気がしてしょうがない。

ボビーには凄く感謝しているし、今年は本当に感動した。楽しかった。
10年前にあんなことがあったのにまたロッテに帰ってきてくれた。
凄くうれしかった。ボビーは本当にいい監督だった。
ずっと暗闇だったロッテで、ボビーが希望の光だった。

だけどもうボビーがわからない。何か言ってよボビー。
ボビーは知っていたの?知っていたなら何で小坂を切ったの?
何か言ってくれ頼むから・・・お願いだから・・・
こんな気持ちにさせないでくれよ・・・

小坂・・・
千葉はものすごい風です・・・。
千葉の神様がお怒りになってるとしか思えません・・・。

小坂・・・もうなんだかまだ・・・これからもずっとこんなショックを
引きずっていくんでしょうか。
泣いても泣いても涙が溢れてくるんですが、この涙はなんなんでしょう。
怒り?悲しみ?やるせなさ・・・喪失感。

今までずっとマリーンズを応援して来ました。心から。
色々なことがあって同じようにフロントに殺意を覚えたこともありましたが、
それでも心からマリーンズの野球を楽しんできたんです。

小坂涙ぐんでいたそうですね。本人は来期ロッテと契約を結ぶつもりで幕張に来たんですよ。それが大手町へ行けと、お前は金でトレードだと。

小坂は出身地の球団である楽天に行くのですら、嫌がっていました。
生涯マリーンズ宣言をしてから一年も経っていません。
その選手になんて仕打ちなんだろう・・・。野球もビジネスだから割り切らなきゃいけないんだろうか・・・。
小坂・・・お前を一人で行かせたくない。巨人に行ったほうが、彼のためになる・・・。
そう思おうとしても無理だよ・・・。ごめん、ごめん小坂・・・。

来年から球団がファンサービスファインサービスと必死になっているのを見ても、ただしらけるだけ・・・。
しらけるっていうのはこういう事を言うんでしょうね。
小坂を切り捨てておいて、何を言ってるんだと・・・。
あれだけ力を尽くしてくれた宮田編成部長を更迭しておいて、何を言ってるんだと・・・。
それがファンサービスならそんなものは入らない。必要ないもの。


私が愛したロッテはやはり昨日で消え去りました。
もうこの気持ちはどうやっても拭うことが出来ません。

選手は個人的に応援します。小坂も頑張って欲しい。
ただ昨日までのあの純粋な気持ちにはどうしても戻ることが出来ない。
純粋に野球を楽しもうとマリンスタジアムに行って、
無邪気に小坂のスーパープレーに目を輝かせていた私の気持ちは、
もう取り返すことが出来ません・・・。

こんな気持ちになる子どもたちがいたとしたら、それは本当に残念なことです。


ツライ・・・。
小坂を返して・・・
ゲンダイに小坂巨人への記事が出たときは、
ゲンダイお得意のとばし記事だと思っていました。
あまりにもありえなすぎて、ゲンダイの必死さに笑いが出たくらいです。
その位、小坂の巨人行きなどありえないことです・・・。

余りにもショックで、今日はブログの更新は出来ないと思いました。
優勝が決まったときよりも泣きました・・・。
怒りの余り今日は眠れませんでした。
こんなことで気持ちの整理がつくなんて、決して思わないけれど、
それでも何か書かなくては居られないので、言葉にして残しておこうと思います・・・。

小坂はロッテの顔です。堀や初芝や小宮山やジョニーと同じように、
ロッテにいて当たり前の選手です。
弱小ロッテを、ずっと引っ張ってくれていたうちの一人です。

その小坂にこの仕打ちですか?フロントには呆れてものも言えません。
契約更改のために、球団に足を運んだらトレードを言い渡され、
記者会見で巨人のユニホームに袖を通す・・・。
まさかこんなことになろうとは本人も夢にも思わなかったでしょう。

そして、おそらくそれに反対したであろう宮田編成部長が更迭されました。
瀬戸山隆三球団代表のコメントはこうです。
「小坂君には、ことし3球団から譲ってほしいという話があった。
ロッテは若手が伸びてきたこともあり、彼のためにもなると思う。
現役の最後をロッテでという気持ちがあれば、いずれ戻ってこいとは伝えた」

いずれ戻ってこいと伝えた・・・だ?ふざけんのもいい加減にしろ!!!
こんなむちゃくちゃな事をされて、小坂がもう一度マリーンズに戻ってきてくれるっていうのかよ・・・。
小久保の時もそう思いましたが、おそらく瀬戸山と読売は何かつながりがあるのでしょう。そう思わずにはいられません。

ファンサービスだ?26番目の戦士だ?馬鹿かお前ら・・・。
そんな事いっときゃファンはへらへら喜んでると思ってるんですよ。
こいつらは・・・。それで小坂をトレードかよ。
若手てルックスもよくて人気もある西岡が出てきたからいいって?
だから小坂を金で読売に売り飛ばして、それでファンが満足するとでも??
ふざけるな!ファンはそんなことこれっぽっちも思っちゃいない。
今年からのファンはどうか知らないがね。長年ロッテを応援し続けてきたファンに対してこの仕打ちですか。
これがロッテのファンサービスですか?新規ファンが獲得できたから、強いチームに集まるファンが金落としてくれりゃあいいってか?
そんなファンはチームが少しでも低迷すれば、波が引くようにさっといなくなりますよ。
私だってファン暦はそんなに長くありませんから、えらそうなことは言えませんが、10年間Bクラスだったチームですよ?
今年もファンの盛り上がりだって、根っこの部分にはそれがあるんですよ。
あの応援スタイルだって球団が考えたものじゃない。
ファンから自然に生まれたものだ。
98年の18連敗のとき・・・どんな時も俺たちがついてるぜ・・・って
あの歌詞を誰のためになんのために歌ったって思ってるんですか。

小坂や黒木や初芝や堀や・・・いわば自分たちの分身のようなものだったんですよ・・・。
それがライトスタンドに26番目の戦士を作り出したんです。
私はいつも内野で見ていたので、声を枯らして叫ぶライトスタンドの応援団は本当に選手のように見えました。
応援スタイルこそ違っても気持ちは同じでした。

単純にチームが勝って欲しいなら、もっと強いチームを応援しています・・・。
何年の応援し続けたのは、小坂や黒木のような選手がいたからです。
今年の優勝はそんなベテラン選手の活躍があってこそということは、
本当のロッテファンなら誰もがわかっていることです。
堀や初芝や小宮山や黒木や小坂がどんだけロッテに貢献したと思ってるんですか?
小坂なんて生きた守備のお手本のような選手じゃないですか。
西岡なんてどれだけ小坂の守備を目の当たりにして成長したと?

小坂は将来、・・・マリンスタジアムでちっこい体をいっぱいに使って手をぶんぶん振り回して守備走塁コーチを勤める姿が見られるだろうと信じて疑いませんでした。
初芝監督、黒木投手コーチ、小坂守備走塁コーチ、堀打撃コーチ・・・
そんな想像をしたロッテファンは少なくないでしょう・・・。

今回の件にはボビーもおそらく関係しているでしょう。
フロントが独断で小坂を切るなんて事は出来るとは思えませんから。
瀬戸山はボビーにすべてお任せ的な発言を繰り返してますし。
おそらくボビーの中で来期の構想から小坂が外れたのだと思います。

私ははっきりいってボビー信者ではありません。
ボビーには本当に感謝しています。今年の優勝はボビーなくしてはありえませんでした。
今年は本当に楽しかった。こんなに球場に足を運んだのは初めてでした。
だけどもうついていく自信がありません。
メジャーでは当たり前なのかもしれませんが、ロッテファンでいる意味を見失いました。
ボビーやスンヨプに何億も積み上げ、小坂を切るなんて・・・。
こんな思いをしなければならないなら、いっそ優勝なんかしなければ良かった。
そう思わされることが本当に悔しい・・・。


先ほど近鉄のファンの方と話す機会があり、応援できるチームがあるだけましと・・・そう思うことにしました。
パリーグの炎を絶やしてはいけない・・・そのためにもロッテを応援し続けようと・・・。
何十年もファンであり続けたとしても、これがいいことだったと思える日がくるなんてとても思えませんが、それでもロッテファンでいて良かったと・・・

そんな気持ちになれるときがくるんでしょうか?

トレードの一報を聞いてから12時間経ちました。
なんども揺れ動いて、それでも決心が固まりません。
巨人のユニホームを着ている小坂を見て、なんとも思わない日がくるなんて思えません。



小坂を返してください。

私たちの宝ものです。

パリーグの宝ものです。


パリーグファンはこんな想いを、これからもし続けなければならないんでしょうか?


何か変わるとは思えません・・・。ただこんな気持ちがあると、そう思う人はここにメッセージをお願いします。
VOICE26


小坂に対して

トレードのお知らせ 2005/12/21 (水)

21日、小坂誠選手が読売巨人軍へ金銭トレードでの移籍が決まりました。


こんな一行で片付けてしまうような、そんな球団に対して・・・メッセージをお願いします。

追記:小坂、涙ぐんでいたそうです・・・。あの小坂が・・・泣くなんて。
仰木監督ありがとう
昨日からなんだか眠れなくて、色々な人のブログを見て回りました。
本当にたくさんの方が悲しんでいました。
こんなに多くの人に愛されて、監督。幸せだね・・・。

仰木監督、ガンだと知りながら、抗がん剤を服用しながら、采配をふるっていたそうです。
カッコいい男の人でしたね。あんな風に生きるって憧れます。
昭和の匂いがする男の人でした。

 ◆仰木彬(おおぎ・あきら) 1935年(昭和10年)4月29日、福岡県生まれ。東筑高時代4番兼エースで甲子園出場、54年に西鉄入りした。プロでは二塁手に転向、黄金時代の一員として活躍。14年間の現役通算は1328試合、2割2分9厘、70本塁打。西鉄、近鉄コーチを経て88年に近鉄監督に就任。89年にリーグ優勝した。94年からオリックスに移り、95年にリーグ制覇、96年にイチローらを率いて、日本一に輝いた。04年、野球殿堂入り。昨年末、近鉄・オリックス合併球団の監督を任され、復帰した。監督通算は1856試合で988勝815敗53分け、勝率5割4分8厘だった。

前オリックス監督の仰木彬さん死去 - 日刊スポーツ
仰木オリックス前監督が急死(スポーツ報知)
オリックス前監督・仰木彬氏が急死…野茂、イチロー育ての親(サンケイスポーツ)
仰木さん逝く、死も恐れなかった野球人 (大阪日刊)
中西太さん呆然、寂しい…本当に寂しい(大阪日刊)
梨田氏、追い続けてきた背中…もう届かない(大阪日刊)
仰木さん死す、がんと闘い1年指揮(日刊スポーツ)
仰木氏、散り際も古武士…殿堂入り名監督(夕刊フジ)

ウィキペディア 仰木彬
仰木元オリックス監督死去
仰木監督


前オリックス監督の仰木彬氏が死去

なんか信じられません・・・。
ついこの間まで監督として指揮を執っていたのに・・・。

今年の印象に残る試合は?と聞かれるとプレーオフを除くと
オリックスの試合が多かったように思います。
4番サブローが一番最初にコールされた衝撃的な試合もオリックス。
それから8月28日ジョニーの復活の試合もオリックスでした。
そういえばあの七夕の日もオリックスだったんですよね。
オリックスとロッテは不思議な縁があるのかもしれません。

でも凄く印象に残っているのが、9月13日のスカイマークでの試合。
私はこの日バイトを6時に終えて、その足で船橋のビビットスクエアに見に行きました。
先発は渡辺俊介。前半抜群の安定感を誇っていた俊介も、この頃は少し調子を崩し、この日も詳しいスコアは覚えていませんが、ストライクが先行せず、苦しみながらも何とか抑えていたという感じだったように思います。
3回裏に先制されると、4回表堀のHRで同点にしたのもつかぬ間、
その裏フォアボールにヒット2本で勝ち越しを許します。
先に待っていた妹は、私が待ち合わせに遅れたこともあり、ぶーたれた顔で待っていました。

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